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ベトナム拠点(2005~2024年)

更新日:2025年12月8日

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国立国際医療センター(当時:International Medical Center of Japan, IMCJ)は、1990年代よりベトナムの医療セクターにおいて活動を展開してきました。特にバクマイ病院とは、政府開発援助(ODA)をはじめとする多様な取り組みを通じて協力関係を深め、2005年には同病院内にMedical Collaboration Centerを設立し、技術協力および共同研究のさらなる促進を図ってきました。

これまでベトナムでは、米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)や世界エイズ・結核・マラリア対策基金(Global Fund)など、海外ドナーによる資金支援のもと、HIV診療が無償で提供されてきました。しかし、経済成長に伴い中所得国となったベトナムは、2016年に医療保険制度を導入し、HIV診療を地方レベルで提供する方針を打ち出しました。これにより、保険料や治療費など患者の自己負担が発生するほか、地方病院の医療従事者におけるHIV診断・治療の知識や経験の不足が課題となっており、服薬アドヒアランスの低下や不適切な治療による薬剤耐性HIVの拡大が懸念されています。

国立国際医療センターは、文部科学省「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」(2005~2009年度、2010~2014年度)、および日本医療研究開発機構(AMED)による「感染症研究国際展開戦略プログラム」(2015~2019年度)に基づき、「ベトナムにおける長崎大学感染症研究プロジェクト」の協力機関として参画し、インフルエンザ、結核、薬剤耐性菌、HIVなどの感染症研究を推進してきました。エイズ治療・研究開発センター(ACC)は、アジア地域におけるHIV治療の最適化を目指し、同領域の臨床研究と支援を担ってきました。

さらに2019年4月からは、日本医療研究開発機構(AMED)と国際協力機構(JICA)が共同で実施する「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」(2019~2024年度)のもと、ACCVベトナム拠点として新たな研究プロジェクトを実施しました。


感染症研究国際展開戦略プログラム(J-GRID)

ベトナムにおけるHIV感染症に関する研究

日本医療研究開発機構(AMED)が実施した「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム(2005~2009年度)」「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(2010~2014年度)」「感染症研究国際展開戦略プログラム(2015~2019年度)」の枠組みに基づき、「ベトナムにおける長崎大学感染症研究プロジェクト」の分担機関として、国立国際医療研究センターからエイズ治療・研究開発センター(ACC)、国際感染症センター(DCC)、および研究所が参画しました。

DCCおよび研究所は主に薬剤耐性に関する研究を、ACCはHIV感染症に関する研究をそれぞれ担当しました。

取り組み内容

1. HIV感染者のコホート研究

2007年より、国立熱帯病病院(NHTD)およびバクマイ病院においてHIV感染者のコホートを設立し、NHTDでは1,820名、バクマイ病院では378名が登録されました。これらのコホートから定期的に臨床データを収集し、治療成績や薬剤耐性ウイルスの状況に加え、抗レトロウイルス薬の副作用(腎障害、脂質代謝異常、小児の骨異常など)、さらにHIV感染者の生活の質(QOL)やうつ病に関する研究を実施しました。

2. 国際協力

コホート研究の成果を世界保健機関(WHO)、米国疾病予防管理センター(CDC)、およびベトナム保健省エイズ対策室へ情報提供を行い、公衆衛生の向上に貢献しました。2006年には、WHOの要請により西太平洋地区HIV薬剤耐性会議にベトナム代表団の一員として参加しました。

3. 人材交流

ベトナムの医師、看護師、検査技師などの医療従事者を対象に、ベトナム国内および日本において実務的な研修を実施しました。特に日本で行った研修については、帰国後にベトナム国内で活用できるよう継続的なフォローアップを行いました。

地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)

ベトナムにおける治療成功維持のための“bench-to-bedside system”構築と新規HIV-1感染阻止プロジェクト

本プロジェクトは、日本医療研究開発機構(AMED)と国際協力機構(JICA)が共同で実施した「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」のもと、エイズ治療・研究開発センター(ACC)および国立大学法人熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センターが参画しました。

ベトナムでは、HIV感染者数が22万~28万人と推定され、中所得国への移行にともない、世界エイズ・結核・マラリア対策基金などの国際的な外部支援の対象外となったことで、海外からの無償支援が徐々に縮小しています。政府は、自国の医療保険制度を活用し、地方・郡レベルの病院におけるHIV治療の実施を推進していますが、治療費の自己負担や医療従事者の技術的課題により、薬剤耐性ウイルスの蔓延や感染拡大、予防・ケア・治療の継続に関する多くの課題があります。

本プロジェクトでは、HIV感染者数の多い北部地域を対象に、地方病院での抗レトロウイルス治療(ART)の実施体制を整備し、薬剤耐性ウイルスの獲得状況をモニタリングする仕組みを構築しました。さらに、新規感染者の拡大を防ぐための曝露前予防(PrEP)の効果検証や抗HIVワクチン設計に向けた基礎医学的分析も実施しました。加えて、HIV薬剤耐性ウイルスに関する対応ガイドライン(Knowledge Book)の策定および政府への政策提言書の作成にも取り組みました。

取り組み内容

1. 抗HIV療法モニタリングシステムの構築

北ベトナムに位置する10の地方病院と国立熱帯病病院を結ぶ血液検体輸送システムおよび抗HIV療法モニタリングシステムを構築し、HIV感染者におけるウイルス量および薬剤耐性の定期的な確認を実施しました。治療現場は、解析された検査データを迅速に活用することで適切な治療薬の選択を可能とし、より効果的な治療を提供につなげることができました。なお、本システムは最終的にベトナム保健省の患者情報システムに統合されています。
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2. 曝露前予防内服(PrEP)の効果検証

ハノイ医科大学が実施したHIV曝露前予防内服(PrEP)プログラムの参加者を対象に、PrEPの失敗事例(HIV感染が確認された事例)と薬剤耐性ウイルスの出現、服薬アドヒアランスとの関連性について調査を行い、ベトナムにおけるPrEPの有効性を評価しました。

3. HIVワクチンの設計に向けた基礎医学的な分析

本課題は熊本大学が担当し、ハノイ医科大学の男性同性愛者(MSM)コホートを活用して、HIVに曝露したものの感染に至らなかったHIV非感染MSMの細胞性免疫能を検証、ならびにエイズワクチンの設計に資する抗原情報の収集を行いました。

4. 救済ARTのウイルス学的効果の評価

ART(抗レトロウイルス療法)を受けているHIV感染者のうち、治療を失敗している患者を対象に救済ARTレジメンの効果を評価しました。あわせて、救済ART開始前後における薬剤耐性変異のパターンを分析し、救済ARTのニーズを把握するため、HIV診療施設におけるART失敗率の調査も実施しました。

5. 新型コロナウイルス感染症のHIV診療体制およびHIV感染者へのインパクト評価

2020年6月より、COVID-19のHIV診療体制に与えた影響およびHIV感染者への社会心理的な影響に関する調査を実施しました。SATREPSプロジェクト対象病院のうち、COVID-19のアウトブレイクが発生した地域に所在する医療施設に通院するHIV感染者を対象に、アンケート調査および抗体保有率を調査しました。

公開資料

HIV薬剤耐性ウイルスに関する対応ガイドライン(Knowledge Book)

本プロジェクトでは、HIV治療の成功率を高く維持するために、服薬アドヒアランス支援、薬剤耐性ウイルスのモニタリング、そして耐性ウイルスが発生した際の臨床現場での対応が重要であるという問題意識のもと、各種研究活動および研修活動を実施してきました。

これらの研究成果や研修内容をもとに、日本とベトナムの専門家が議論を重ねて築いた知見をガイドライン(Knowledge Book)としてまとめました。

ベトナムでは、HIV薬剤耐性ウイルスに関する対応ガイドラインはいまだ策定されておらず、今後この「Knowledge Book」がガイドラインの基礎資料として活用されることが期待されています。

2030年までにHIV流行を終結するための政策提言書

本プロジェクトでは、最終成果物として政策提言書を作成し、ベトナム保健省エイズ対策局(VAAC)のPhan Thi Thu Huong局長に正式に提出しました。提言書は、JICAの公式ウェブサイトのプロジェクト資料集にも掲載されています。

政策提言書では、プロジェクトの研究データに基づき、下記3項目を提案しました:

  1. Dolutegravir(DTG)の普及および安定供給の促進し、年1回のウイルス学的モニタリングを保障し、HIV医療・ケアの施設間格差の解消をはかる。
  2. PrEP使用者のサービスエンゲージメントと服薬アドヒアランスの向上し、効果的なPrEPの拡大を推進する。
  3. HIV情報システムの統合と強化。

プロジェクトを振り返って

1. NHTDとの連携の始まり

ACCとベトナムとの共同研究が始まったのは、2006年でした。2003年にSARSが猛威を振るった後、未知の病原体が出るのは途上国なので、途上国との共同研究をしている大学などに、現地との長期的な視野での共同研究を継続するという目的で2005年に始まったのがAMED主催のJ-GRIDというプロジェクトでした。SARSの時に、ハノイのバクマイ病院(BMH)への医療援助を行っていた当院には、BMHとの連携というミッションが与えられ、2005年に当時の国立国際医療センター(IMCJ)とBMHの間で、共同研究のMOUが締結されました。これを受け、2006年にACCは、BMH感染症科と、国際感染症センター(DCC)はBMH呼吸器内科との連携を始めることになりました。ACCが、BMH感染症科との共同研究の打ち合わせをしている最中に、SARS制圧の功績が認められたBMH感染症科が、熱帯病病院National Hospital for Tropical Diseases: NHTD)として独立してしまい、同じ敷地にありながら、以後、ACCはNHTDとDCCはBMHと別々に共同研究を行う、ということになりました。

2. Donor依存からベトナム社会保険診療への移行

2006年当時、ベトナムの医療レベルはまだ途上国そのもので、感染症の患者は病室におさまらず廊下にまでベッドがはみ出し、しかも、1つのベッドに2人が寝ている状態でした。HIV治療も限られた医療スタッフがものすごい数の患者を診なければならないため、同じ日に来る患者を集めてグループを作り、グループ毎で治療の説明や薬の受け渡しを行う治療を行っていました。グループ内の結束は堅く、誰かが来ないとそのグループの誰かが薬を届けたりするなど、それなりにグループ治療は機能していたようです。J-GRIDでは、NHTDのHIV患者のコホートを作り、治療成績や、副作用、薬剤耐性などの研究を行っていました。J-GRIDは3期15年間続きましたが、この間のベトナムの経済発展はめざましく、3期目の2016年頃に、ベトナムはlow-income countryからlow-middle income countryへと格上げされました。これに伴い、それまでGlobal FundやPEPFARといった外部のFUNDからの治療薬の援助が徐々に打ち切られることになり、HIV診療がベトナムの社会保険診療に組み込まれることになりました。

3. SATREPS前夜

ベトナムの社会保険診療では、患者は地元近くのHIV診療に慣れていない病院に通わなければならず、しかも、今まで無料であった治療費に一部自己負担が生じてしまうことになります。J-GRIDで見てきた治療成績はACCと比べても遜色がないくらい素晴らしく、NHTDの医療レベルはかなり良くなっていることはわかっていましたが、社会保険診療への移行によりその治療効果がどうなるのか、非常に心配でした。この過渡期をうまく乗り越えるためにどうしたら良いのか、NHTDの医療スタッフとも検討し、過渡期の治療成績をモニターするための、NHTDと地域医療機関とを結ぶネットワークを構築しようということになりました。このため2016年に、ネットワーク構築を主目的としてSATREPSに応募を行いましたが残念ながら採択されず、2017年2回目の応募で採択されました。2018年11月1日にベトナム政府とのProject Documentの契約締結が行われ、翌年の2019年度から2023年度までの5年間SATREPSプロジェクトが行われました。

4. SATREPS前期とコロナパンデミック

SATREPSでは、現地に人を派遣することができます。これに名乗りを上げてくれたのが、松本さんでした。家族3人一緒に、始めの3年間ハノイに駐在してくれました。松本さんの献身的な貢献がなければSATREPSは動かなかったと思います。J-GRID時代から雇用していた地元スタッフのHuyenさんと、JICAからの現地コーディネーターでベトナム語まで話せる今井さん、NHTDのKinh院長(当時)始め多くのプロジェクトスタッフが、北ベトナム10ヶ所のいろいろなレベルの医療機関とNHTDのネットワーク作りに奔走してくれました。ネットワーク先の選定には、ベトナム保健省エイズ対策室(VAAC)のHuong局長が協力してくれました。 SATREPSには、ネットワーク作りを第1の柱として3つの柱がありました。第2の柱は、ベトナム政府が力を入れていたPrEPの有効性をモニターするもので、ハノイ医科大学のGiang准教授がこの部分を担ってくれました。また、HIVに曝露されても感染しなかった人の免疫を検討する基礎研究部門を、第3の柱として熊本大学の滝口教授担ってくれました。こうして3つの柱でSATREPSは順調に開始できたのですが、2020年初頭から始まったコロナパンデミックが大きな障壁となりました。海外との往来がほとんど止まってしまった中でのプロジェクト実施が余儀なくされたのです。多くの海外プロジェクトが止まってしまうという難局の中、松本さんを始めとする現地スタッフが着実にできるところから研究を動かしてくれたおかげで、我々のプロジェクトは、この期間中もほぼ目的を達成することができました。この時期の中間評価は、「6.9/10」でしたが、コロナ禍としては十分な結果と思います。

5. SATREPS後期

ネットワークを利用して地域の医療機関との連携を図ると、治療失敗例の薬剤耐性を調べてほしいという要求が、現地の医療スタッフから出てきました。このため、薬剤耐性検査をNHTDでできるようにし、結果の解釈も現地の医療スタッフがわかるようにするため、遺伝子解析の技術をACCラボの林田さんがNHTDスタッフをACCに迎え指導したり、現地に指導に行ったりと活躍してくれました。ネットワークを利用しての耐性結果の解釈やその後の治療の推奨などは、田沼先生を始めとするACC医師群が協力してくれました。
4年目、5年目の仕上げに向かっての活動では、松本さんに変わり永井さんが現地滞在をしてくれました。この間は、コロナでの行動制限も緩和し、ネットワークの医療者を集めての多くの研修会などを実施してくれました。この研修会には、CNの鈴木さんも何度もベトナムまで足を運び協力してくれました。また、田沼先生や現地のHIV専門家を中心として、薬剤耐性Knowledge bookという現地の医療スタッフにも理解できるような基礎的な本をベトナム語で作成し、VAACを通じてベトナム全土に配布しました。また、SATREPSで得られた結果をまとめ、今後推奨する対策をまとめたPolicy Paperを2024年3月にVAACに提出し、プロジェクトを終了しました。プロジェクト全体での評価は、「7.5/10」と中間評価より高い評価が得られました。

6. 終わりに

SATREPS最終年度の2023年11月に、ベトナム政府から「健康貢献賞」をいただく事ができ、ハノイのMOHで授賞式をしていただきました。この授与式には、JICAや日本大使館の方々も祝福に駆けつけて下さいました。もちろん、この賞は、J-GRID時代からSATREPSを通じ18年の長きにわたり、多くのスタッフと協力してベトナムとの共同研究を行ってきた成果に対するもので、共同研究者全員に対するものであります。本当に多くの方々に協力していただきました。ほんの一部しか、名前を挙げることはできませんが、今までに名前を挙げた方々以外にも、J-GRIDの初期にコホートを立ち上げてくれたCNの石垣さん、個別にNHTDとの共同研究を実施し数多くの素晴らしい成果を上げてくれたACCの水島先生、木内先生、基礎研究部門を支えてくれた熊本大学の近田さん、熊本大学の大学院生としてSATREPSで学位を取得したHung君とHieu君、NHTD現院長のThach先生、NHTD内部の取りまとめやMOHとの交渉など本当に多くの汗を流してくれたNHTDのGiang先生、そして、裏方としてお手伝いを頂いた佐田さんなど多くの方々に協力いただきました。
J-GRIDからSATREPSを通じて得られたベトナムとの絆は、本当に得がたい宝物だと思います。SATREPSプロジェクトの終了と共に、一端は共同研究を終了しますが、今後とも、今まで以上の関係が構築できればと願ってやみません。本当にありがとうございました。ベトナムプロジェクトに関わってくださった全ての方々に、もう一度心より感謝申し上げます。

ベトナムSATREPSプロジェクト代表
岡 慎一

プロジェクト・研究協力

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