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血液・体液曝露事故(針刺し事故)発生時の対応

更新日:2025年10月6日

要点

  • 適切な曝露後予防内服により、事故によるHIV感染リスクをほぼゼロにできる
  • まず落ち着いて、曝露部位を大量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄する
  • 予防内服の必要性を判断し(表2)、必要と判断されれば速やかに内服を開始する
  • 従来の「拡大レジメン」に相当する多剤併用が推奨される(表3
  • 実際の流れは表1を参照
  • 万一の事故発生に備え、院内の針刺し事故対策を整備しておくことが重要
  • 事故を起こした職員のプライバシーにも配慮する
  • HIVのみでなくHBVやHCVも考慮して対応する

1. はじめに

医療行為を行う限り、針刺し事故をはじめとする体液への曝露事故を完全に回避することは不可能である。HIV曝露事故への対応を考える前提として、HIVはHBVやHCVと比較してその感染力は極めて弱く、針刺し事故において全く予防内服を行わなかった場合でも感染確率は0.3%程度であること、世界的にも職業的曝露によるHIV感染が確実である例は少ない(多剤併用による曝露後予防が行なわれるようになってからはほとんど発生していない)という事実はしっかりとおさえておきたい。万一の曝露事故発生に備えて、希望に応じて速やかに抗HIV薬の予防内服を開始できる体制を、各医療機関で確立しておくことが重要である。専門的判断を求めるために、近隣のエイズ治療拠点病院の所在地と連絡先を確認しておく必要がある。

2. HIV曝露事故後の感染リスク

曝露後予防内服(Post-Exposure Prophylaxis; PEP)を全く行わない場合の感染率は、針刺し事故の場合で0.3%(0.2-0.5%)、粘膜曝露の場合で0.09%(0.006-0.5%)とされている 。血液以外の体液の曝露に関してはデータに乏しいが、これよりも感染リスクは低いと考えられる。皮膚面への曝露については、皮膚表面に傷がある場合理論的には感染リスクがあるが、その確率はほぼゼロに近いと想定される。

3. 適切な曝露後予防内服(PEP)を行った場合の感染リスク

AZT単剤によるPEPでも感染リスクを80%以上低下させることが示されている1)。2005年の米国公衆衛生局ガイドライン2)で推奨されている2剤ないしは3剤を併用した予防内服ではより高い感染阻止効果が期待され、実際に米国における2010年12月時点までのサーベイランス2)でも、1999年以降職業的曝露によるHIV感染が確定した例は1件も報告されていない(職業感染の可能性を否定できない例は2009年に報告されている)。

4. 曝露後予防の実際

まず、曝露部位を多量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄することが重要である。受傷部位から血液を絞りだそうとする試みや、曝露部位への消毒剤の使用などは、有効性が証明されておらず、PEP開始までの貴重な時間を失うことになるため推奨されていない(表1)。

表1 曝露事故発生後ただちに行うこと

  1. 曝露部位を大量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄する
  2. 速やかに責任者と連絡を取り、予防内服に関する指示を仰ぐ
  3. 責任者と連絡が取れない場合には、1回目の予防内服を事故者の判断で開始する

事故の状況によっては、曝露源がHIVに感染しているかどうかが分からない場合や、事故者が責任者と連絡がとれない場合がある。PEPにおいては曝露後可能なかぎり速やかに初回内服を開始することが重要であるため、リスクが高いと判断される場合には曝露源のHIV検査結果を待たずに事故者の判断でPEPを開始してよい。事故者の判断で予防内服を開始した場合でも、責任者と連絡をとるための努力は継続する。

本邦では長らく、2005年の米国公衆衛生局ガイドライン2)に準じて「基本レジメン」(2剤併用)・「拡大レジメン」(3剤併用)のいずれかを選択し、推奨薬剤リストの中から予防内服薬を選択するという方法が取られてきた。しかし、治療の領域においては3剤併用の方がNRTI 2剤のみの併用よりHIV抑制効果に優れるのは明らかである。抗HIV薬の改良により副作用が軽減されたこともあり、職業的曝露後のPEPにおいてもあえて基本レジメンを選択する必然性は薄れていた。

当然ながらガイドラインには公表時点以降に使用可能となった抗HIV薬に関する言及はないが、理論的にはHIV感染者の治療の際に推奨される抗HIV薬の組み合わせはPEPにも有効であると考えられ、予想される副作用や薬物相互作用も考慮したうえで推奨薬剤が決定される。PEPが必要と考えられる臨床状況を表2に、推奨されている薬剤の例を表3に示す。

特定の臨床状況(表4)では専門家との相談が必須であるが、相談のためにPEPの開始が遅れることがあってはならない。

表2 曝露後予防内服が推奨される臨床状況3)

感染性体液による以下の曝露があった場合に、曝露後予防内服を推奨する

  • 針刺し事故
  • 鋭利物による受傷
  • 正常でない皮膚あるいは粘膜への曝露

感染性体液の例

  • 血液、血性体液
  • 精液、膣分泌物
  • 脳脊髄液・関節液・胸水・腹水・心嚢水・羊水

以下については,外観が非血性であれば感染性なしと考える:

  • 便・唾液・鼻汁・痰・汗・涙・尿

表3 HIV曝露後予防のレジメン4)

推奨レジメン

preferred
HIV PEPregimen

以下のいずれかを選択し、28日間内服する。
  • アイセントレス®(RAL)+ デジコビ®配合錠HT(TAF/FTC)
  • アイセントレス®(RAL)+ ツルバダ®配合錠(TDF/FTC)
    *アイセントレス®400mg錠を1日1錠1日2回、もしくはアイセントレス®600mg錠を1日2錠1日1回
  • テビケイ(DTG)+ デシコビ®配合錠HT(TAF/FAC)
  • テビケイ(DTG)+ ツルバダ®配合錠(TDF/FTC)
  • ビクタルビ®配合錠(BIC/TAF/FTC)

なお、「抗HIV治療ガイドライン(2025年3月発行)」において、

HIV感染者への治療においては、ツルバダ®(TDF/FTC)は基本的にはデシコビ®配合錠(TAF/FTC)に代替可能と考えられている。しかし、2024年3月時点でも米国CDCのガイドラインでは曝露後予防内服として「ツルバダ®の代替薬としてデシコビ®が使用可能である」との見解は示していない。しかしながら、現実には多くの医療機関では採用薬としてツルバダ®はデシコビ®に置き換えられている。
本ガイドラインでは効果の同等性と各種有害事象の少なさから、デシコビ®も優先的に使用可能な薬剤として推奨する。デシコビ®配合錠(TAF/FTC)はHTとLTの2種類がある点に注意が必要であり(HTはTAF 25mg、LTはTAF 10mgを含有)、アイセントレス®と併用する場合は「デシコビ®配合錠HT」を用いる。デシコビ®はツルバダ®と同じく1日1回1錠であり、食事と無関係に内服可能である。妊婦への安全性も確立している。周産期(もしくは妊婦)に関するDHHSガイドライン4)では、TAFはpreferred regimenに位置づけられている。TAFはTDFと比較した時の腎毒性のリスクが明らかに低く、妊娠・出産への影響も少なかった4, 13)
ドルテグラビル(DTG:テビケイ)は、多くの治療ガイドラインにおいて第1推奨薬として位置付けられ、治療薬としての効果は確立している。欧州エイズ学会(EACS)のガイドラインではDTGおよびビクテグラビル(BIC:TAF/FTCとの合剤でビクタルビ®)も曝露後予防内服の選択薬剤として記載されている14)。妊婦におけるDTG使用については、かつて、新生児の神経管欠損症(neural tube defects:NTD)が増える可能性が報告されたが、最終的にはDTG以外の抗HIV薬を内服していた場合と比較してやや高率であるものの統計学的有意差がないという結論に達している15-17)(第V章参照)。BICについても安全性に関する知見が蓄積され、現時点で妊婦に対する抗HIV治療の代替レジメンに位置付けられている(第V章参照)。以上より、飲みやすさ(1日1回)や耐性バリアの高さなどを考慮して、本ガイドラインにおいてはDTGおよびBICも推奨レジメンとして位置付けることとした。

と記載されている。

表4 専門家への相談が推奨される状況

以下に示すような状況では専門家への相談が必須であるが、相談のために曝露後予防内服の開始が遅れることがあってはならない。このような場合には、遅滞なく予防内服を開始した上で可及的速やかに専門家に相談する。

  1. 曝露の報告が遅延した場合(例えば72時間以上)
  2. 由来源不明の場合(針捨てボックス内や洗濯物内の針)
  3. 曝露者が妊娠している場合あるいは疑われる場合
  4. 曝露者における授乳
  5. 由来ウイルスの薬剤耐性が明確または疑われる場合
  6. 初回曝露後予防開始後の毒性
  7. 曝露者における重篤な疾患

5. 曝露後予防の経過観察

HIV曝露後予防に関する経過観察は以下の4点で行うことが推奨されている

  1. 曝露時点(ベースライン)
  2. 曝露後6週
  3. 曝露後12週
  4. 曝露後6ヶ月

検査項目には、HIVスクリーニング(+他の血液媒介感染症の検査)に加え、全血球算定CBC、腎機能検査、肝機能検査が含まれる。
2013年の米国ガイドライン3)では、経過観察に第4世代HIVスクリーニング検査(抗原・抗体スクリーニング)を用いる場合には経過観察期間を4ヶ月に短縮することも可能(曝露時点・6週・4ヶ月)と記載されている。
HIV/HCV重複感染者由来の事故によりHCV感染が成立した場合には、より長期(12ヶ月)の経過観察が推奨されている。

6. その他

HIVへの曝露事故は、事故者にとって大きな精神的負担となる。事故対応(HIV検査・PEP薬処方・報告書管理など)に際しては、事故者のプライバシーに関しても高度の配慮が必要である。

なお、平成22年9月9日付の厚生労働省健康局疾病対策課長通知(健疾発0909第1号)により、曝露後予防内服は労災保険の給付対象となった。

参考資料

  1. Cardo DM, et al. A case-control study of HIV seroconversion in healthcare workers after percutaneous exposure. N Engl J Med 1997;337:1485-90.
  2. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. MMWR 54, RR-9, 2005.(PDF:1.90MB)
  3. Centers for Disease Control and Prevention(CDC).「Clinical Guidance for PEP」. HIV Nexus. 
  4. 厚生労働省行政推進調査事業費補助金エイズ対策政策研究事業「HIV感染症および血友病におけるチーム医療の構築と医療水準の向上を目指した研究班」.「抗HIV感染症治療ガイドライン2025年3月」第XVI章「医療従事者におけるHIVの曝露対策」5.PEPのレジメン

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